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今年(2003)読んだ数学関連書


Daniel Bump, Automorphic forms and representations. Cambridge Studies in Advanced Mathematics, 55. Cambridge University Press, Cambridge, 1997. xiv+574 pp.

古典的な保型形式の理論を解説(約120ページほど)したあと、 GL(2) の表現論を、 実数体上(無限素点)、アデール上、有限体上、p 進体上でそれぞれ解説するというスタイルで書かれています。 複素数体はなぜかありません(どっかに「簡単だから」と一言書かれていたように思うが)。

上に書いた体の順番は、本書に出てくる順番なんですが、なぜこの順番なのかについては多いに疑問を感じます。 実際、著者は先に p 進体のところを読めともアドバイスしています。(^^;;; このようなあっちを引用したりこっちを引用したりという書き方は、 とくに、セミナーなどで読んだり自分一人で読んでいるときには障害になるでしょう。 なにしろアデールのことをやるのに p 進体上の結果を知らずにできるわけはないんですから。 極端な話、p 進体を知らないでアデールをやれって言ってもできないのと同じ(これは暴論か)。

保型形式の専門の人で表現論を少し知りたい人は、最初を飛ばして関連する体上の表現の部分を読む。 表現論の人で保型形式と表現論との関係について知りたい人は、最初の120ページと、アデールの部分を読む。 もっとも p 進体上の表現論について知らなければアデールの前にそちらを読む必要があります。 表現の扱いは Whittaker モデルや Kirillov モデルに重点をおいて書かれているので、そちら方面に興味を持つ人はいいかも知れない。

しかし西山にとっては、はっきり言って、苦労してこの分量を読んだ割には得るものは少なかったです。 特に話が GL(2) に限られているので、証明も ad hoc に出来てしまうし、 定理などの主張もかえってわかりにくい。一般的に書いてくれた方がよほどわかりやすいのだけれど、 まだ一般的に書けるほど理論が完成していないということでしょうね。 一番楽しめたのはアデール上の話で、ここだけ読むのもアリかも知れません。

感想までまとまりのないものになってしまった。(と、責任転嫁)
#大量のミスプリがあります。時々とんでもなく悩まされたりします。基本的に定理などの引用番号を信用してはいけません。(^^;;

[Mon Sep 8 16:23:33 JST 2003]


Conway, John H.; Smith, Derek A. On quaternions and octonions: their geometry, arithmetic, and symmetry. A K Peters, Ltd., Natick, MA, 2003. xii+159 pp. \$29.00. ISBN 1-56881-134-9

複素数、四元数(quaternion or Hamilton #)、八元数(octonion or Cayley #)について書かれている。分量はそれぞれ倍々になっているような感じで、C - 1/7, H - 2/7, O - 4/7 くらいでしょうか。 テーマは二つあって、ひとつは unit group の中の有限部分群の決定。もう一つは適当な整数環を決め、その素因数分解と因数分解の多様性について調べること。また整数環の単数によって生成された部分環とその安定化部分群や、八元数の射影平面などについても少しだけ書いてある。 もちろん枝道にどんどん逸れたりするので、この他にも内容は盛りだくさんです。

しかし、概して、四元数の部分までは面白味に欠けます。四元数の部分を読んでたときに、「その本どうですか?」って聞かれ、 「Conway にしては期待してたほど面白くないです」と答えたんだけど、八元数の部分を読んでから答えるべきでした。 もちろん分量から言っても八元数に力が入っているのは明らかだったのですが。

幾何学的な視点が随所で使われているので、面白く感じる人と、分かりにくく感じる人に意見が分かれるところかも知れません。 また、記号や用語が独特である点や、その記号が定義と前後して(!)出てきたり、最後の方になると Conway の一般常識 (例えば E8 格子における長さが 2 p (p:素数)の格子点の数は 240(p3 + 1) 個であるといったようなこと [Conway-Sloan, p.122, (102)式]) が説明なしに使われていたりで、読み流すというのは難しそうです。 また、キーになっているアイディアは丁寧に説明されているのだけれど、時に定義が明確でなかったりするので、 学生のセミナーに使うのもちょっと難しいかなと思います。

文句ばかり言いましたが、西山にとっては知らないことだらけで、十分楽しめました。 Aut(octonion) = G2 で octovian integers = E8 lattice, Aut(octovian integers) = G2(F2) という程度のことも知らなかったし、 音に名高い Spin8 の triality と G_2=Aut(O) の関係も少し理解できました。 八元数の射影平面の節には Freudenthal の魔方陣 も出て来るんだけど、面白くなりそうというところで終わっています。

Moufang loop っていうのも書いてあって、loop はどうやら ring の一般化(?)みたいなんですが、Moufang rule も loop もこの本で初めて知りました。Moufang はドイツ史上初めての女性の数学教授らしいですが、最近 Tits が Moufang polygon の本とかを出したり、他にも Moufang の名前のついた論文を時々見かけます。 もともと Moufang は(古典的な?)射影幾何学を研究していたはずなのですが、 どうしてそれが最近このような大きな影響力を持つようになってきたのか、興味のあるところです。

実は西山は、quaternion 上の古典群とか、octonion 上の(?)古典群などについて書いてあるかなぁと色気を出して読んでみたんですが、 こちらについてはさっぱりでした。どこかにいい本はないでしょうか。ご存じの方、教えてください。

The octonions, by John C. Baez も面白そうです。

[Thu Jul 3 16:47:08 JST 2003]

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M.マシャル (高橋礼司訳), ブルバキ - 数学者達の秘密結社, シュプリンガー・フェアラーク東京.

いったいこの本は誰に向けて書かれたものなのだろうか? きっと若い世代の数学者たちはもうブルバキには興味がないだろうし、一般の人はその名前さえ知らないだろう。 団塊の世代以上の、ブルバキが活躍していた頃の数学者たちは、懐かしさも手伝ってちょっと読んでみようという気になるかもしれない。 しかし本書の書き振りを見ると、どうも数学の非専門家向の書き方をしているようだから、その読者層を狙ったとも思えない。

内容はいろいろな記録からブルバキの足跡をたどるという感じのもので、 残念なことに著者自身がブルバキの誰かに直接インタビューした形跡は見られない。 巻末の高橋礼司氏のあとがきに氏の思い出が語られていて、これだけが一次情報の価値があるといえるだろう。

とはいえ、ゴシップずきの西山はそれなりに楽しめました。写真が多く、Grothendieck の若いときの写真なんかも初めて見た。 ただ残念なことに、版型の関係か、どの写真も小さく、なかには識別不可能そうなものもある。 付録に La Tribu の全号を掲載してくれれば良かったのになぁ。

[Tue May 13 12:03:37 JST 2003]

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石田正典, トーリック多様体入門, すうがくの風景2, 朝倉書店.

前半のほぼ 2/3 くらいは凸錐の幾何学としての「トーリック多様体」の解説。 後半では、前半の話を代数幾何学に焼き直す作業をしている。

ヒルベルトの「幾何学の基礎」では、確か、直線とか点、平面などは無定義述語であって、 例えばそれを椅子とか机とかと呼んでも構わない、それらの間の関係こそが重要であると書いてあったように思う。 この考え方は、代数多様体から各々独立した代数多様体としての貌を奪い取り、代数多様体同士の関係(あるいは射)が本質的であるとした Gronthendieck の思想によく似たものがある。 最近ではこれを極限まで(?)押し進めて、カテゴリー論にすべての数学的な対象を還元するといった指向性も感じられる。 例えばモチーフの理論や淡中圏の理論がそれであり、 不変式論における普遍モジュライ空間の構成などもそのような思想を背景としている(と思う)。
[もちろん私はモチーフの何たるかを知らない。単なるいい加減な感想である。]

本書の表題である「トーリック多様体」というものも、もちろん対象は代数多様体であるのだが、代数多様体を抜きにして語ることができる。 代数多様体の代りに「扇」(奥義?)と呼ばれている、実線型空間の格子とそれに付随する凸錐の集まりたちを使って、そのあいだの「関係」として代数幾何学が構築できる。 ここで誤解を招きやすいのが、「格子」とか「凸錐」といったものが初心者にでも「分かる」対象であるという点だと思う。 「点とか直線は難しいから、あなたたちにも分かる机と椅子で話をしましょう」というようなものなのではないだろうか?

他にも問題はある。 表現論でも、いろいろな表現論的対象を全く組合わせ論的に記述できるという場合がよくある。 しかし、このようにして組合わせ論的に解釈された表現論の対象物は恐ろしく分かりにくく、 しかもそのような組合わせ論的な対象物を用いた計算たるや(純粋に組合わせ論的に行なうと)しばしばほとんど絶望的な計算量を伴うのである。 つまり「よく分かる対象」を用いて記述された理論がよく分かるとは限らないということだ。 初学者に分かりにくいと思われる部分に理論の本質が集約されていることもよくある。それを避けてはいけないのではないかと思う。

若干辛い評になってしまった。 本書の構成は著者が考え抜いた末の選択だったのだろうし、私のような門外漢に分からない苦労もあるはずだ。 初学者のために随所に工夫のあとも見うけられる。 初心者は私のような取越し苦労をしないで、きっと易々と本書の内容に入っていくものなのかも知れない。

[Mon Apr 7 14:49:18 JST 2003]

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原田耕一郎, 群の発見, 岩波書店.

群の理論をその原初的な動機である方程式の冪根による解法とからめて解説した本。 こう書くと、数学史と間違えられたり、何だガロア理論かと早とちりされたりしそうな気もするけれど、そのどちらの見方も当っていない。

まず、本書は数学史の本ではない。数学史も書かれてはいるが、数学の本である。 表題も「群の発見」であって群論ではないように、体論も出てくるし、最後の方では楕円曲線の話も出てくる。 しかし、まぁ基本は有限群論である。 創成期の話であるから、指標の話はほとんど出てこない。それでもシローの定理や組成列、可解群などの基本的な知識と、何よりも、なぜそのような概念が必要なのか(あるいは必然なのか)が分かると思う。 これは一般の数学書では得難い経験である。 私も有限群論の(かなり遅い)再入門をさせて頂いたような気がする。

本書はガロア理論の本ではないが、(有限次)ガロア拡大の理論を学ぶには大変よい独習書であるように思う。 随所に出ている演習問題もなかなか良い。 しかし一方ではやはり教科書として採用はできそうにないのもはっきりしている。 無限次ガロア拡大を始め、標数の制限など本書で扱われていないこと(で重要なこと)も多いからだ。 しかし、ガロア理論の講義などと平行してこの本を読むのは、とても有益だろう。 特にガロア理論の初学者に強くお勧めする。

[Mon Apr 7 14:10:26 JST 2003]

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今井淳/寺尾宏明/中村博昭, 不変量とは何か - 現代数学のこころ -, ブルーバックス1393, 講談社.

3人がそれぞれ、不変量にまつわるいくつかの話題を展開している。 その話題とは、次の7つ。

どれもなかなか面白く書けているが、やはり一般のサラリーマンや、 あるいは高校の先生には少し読みづらい部分もあるように感じた。 (それが理由で★4つにならなかった。)

どの章も独立していて気軽に読めるが、おすすめは鏡映群の章と三角形のモジュライの章。特に鏡映群の章は良くできている。 私ももし遊園地にワイル部屋の演し物があったら是非入ってみたいと思う。 うまく鏡がグイーンと動いてランク2の鏡張を全部実現でき、その途中の光景も楽しめるというような施設はできないのかな? 本文でも触れられているが、江戸川乱歩の作品に内面が鏡になった球形の部屋に男が入って気が狂うという話がある。 これもどこかで実現して欲しいなぁ。ほんとに気が狂って危険なのかな?

そういえば15ゲームの話は高木貞治の「数学小景」にも出ている。 こちらの方が一般人向のサービスは行き届いているようにも感じたが、どうだろう? もっとも高木貞治の方には「不変量」といったようなコンセプトが欠ていて、いかにも「趣味の数学」というような感じに仕上がってしまっているのは気にくわない。 二つを比較すると、時代の分だけ本書の方に軍配があがるような気がした。

[Mon Apr 7 13:47:33 JST 2003]

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